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東京家庭裁判所八王子支部 昭和51年(少)170号 決定

少年 M・J(昭三二・七・二三生)

主文

少年を医療少年院に送致する。

理由

一  非行事実

昭和五一年一月二二日付司法警察員作成の少年事件送致書記載の審判に付すべき事由と同一であるから、これを引用する。

(要旨・・少年はシンナー乱用による抑うつ状態・幻覚妄想状態にあり、このまま放置すれば、自他の徳性を著しく害し、罪を犯す虞がある。)

二  法令の適用

少年法三条一項三号

三  処遇の理由

(一)  少年は、昭和四九年二月頃塗装関係のアルバイト先でシンナーを数回吸引したところ、目の前に美しい花畑があらわれたり、鳥や馬がとびかうといつた情景的幻覚を体験した。

その後シンナー吸引は絶つていたのであるが、同年一二月頃に至り、幻覚をみたくなり、シンナー吸引を再開し、翌五〇年二月頃まで、多いときは二日に一度位の割合で吸引した(五〇年にはいつてからは、シンナーとともに、接着剤をも吸引の対象とするようになつた)。

この頃から幻覚とは異質の幻聴ないしは妄想様体験(少年は、これについて、自分の非を厳しく責めたてる〃奇妙な声〃とか〃かれらの声〃という)も生じるようになつた。

昭和五〇年二月少年は、シンナー吸引の末、厭世的・絶望的な気分に襲われ、カッターで左右の頸静脈を切つて自殺を図つたが、幸い一命はとりとめた。

その後またシンナーから遠ざかつていたが、同年六月中旬から七月上旬にかけて、毎日のようにシンナー等を吸引した。酩酊時にやはり幻覚を体験し、また幻聴・妄想様体験はシンナー等を吸引していないときも続き、少年は、〃死んだ人達の魂が自分に話しかけてくる。自分は「かれら」と交流のできる特別の人間である〃と考えるようになつた。

昭和五一年一月一〇日頃から、幻聴がききとりにくくなり、シンナーを吸引すればはつきりするだろうと考えて、連日、自室にとじこもり、昼夜をとわず、シンナー・接着剤を吸引した。

二月一九日発作的に前同様の方法で自殺を企てたが、途中で思いとどまつた。

(二)  少年は、鑑別所入所以来、精神科医・技官の面接等によりやや好転してはいるが、現在なお、シンナー乱用による抑うつ状態および幻覚妄想状態にあり、〃死んだ人達の魂と交流できる〃という特異な観念は解消されていない。

(三)  少年は、幼児期より喘息発作があり、身体的に虚弱であつたことや家庭内での深い心的交流を伴つた基本的な対人関係のもち方について必ずしも十分な学習を受けなかつたことなどもあつて、一般的・社会的な場面では、抑制・抑圧が強く、ある程度常識的な振舞いはできるが、生き生きとした応接は困難で、情緒的な接触は浅く、表面的・形式的である。

したがつて発散できないものが内に残り易く、内的緊張感は強い。その関心は外界よりも内界にむかい勝ちである。

そのために少年は、たまたまシンナー吸引により幻覚・幻聴等を体験すると、その内的世界での語り合いに惹かれ、さらにそれに依存するかたちでシンナー吸引の度は進んでいき、一方その特異な内的世界にかかわりすぎているため、外的なものへの配慮・関心が稀薄になつていくという悪循環に陥つている。

(四)  少年の保護者は、シンナー嗜癖を絶つべく少年を病院に連れていくなど力を尽したが効果がなく、また少年のシンナー吸引を制止しようとすると、少年は錯乱状態となり、家人に対して激しい暴行を加えたり、家財道具を損壊するなど、保護者の手には負えない状態となつた。

少年は、昭和五〇年一月高校(定時制)休学後、各種のアルバイト的仕事に就いたが、上記のような状態であつたため、いずれも長続きしていない。

以上の事実のほか、少年調査票・鑑別結果通知書等により認められるすべての事情を総合すると、少年の心身がこれ以上むしばまれるのを防止し、健全な育成を期するため、少年を専門機関に収容して、少年のシンナー嗜癖を絶つとともに、その性格・生活態度の矯正をはかることが適切であると思料する。

よつて少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項後段、少年院法二条五項を適用して主文のとおり決定する。

なお上記のとおり、少年における問題点は主として、シンナー嗜癖に存するので、執行機関におかれては、心理療法・作業療法等により、少年の抑うつ状態・幻覚妄想状態が解消し、少年においてシンナー嗜癖を絶ちきれる見通しがつき次第、なるべく早期に社会内処遇にきりかえられることが望ましい。

(裁判官 濱崎浩一)

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